帰宅時

クイーン・トリビュート

クイーン・トリビュート

これについては、前にちょっと書いたことがある。が、数回聞き込むうちに面白いことが解ってきた。これはQueenという猥雑な実体の「モデル化」なのだ。例えば、ボヘミアン・ラプソディの完全コピー。
最初はよくここまで研究してコピーしたものだ、という感心。次に、そうそう、ここでブライアンのギターが遠くのほうでピロピロ〜って鳴っているんだ、よくぞここまで、という感動。
次に、♪ビスミラ、ノー ..... レミッゴー♪の後、♪おーおーおーおー♪のカスケードを聞いて「はっ」とした。ヴァレンシアは自分の声を重ねるのにシーケンサーを使っている。Queenは使っていない!前者は4音の間隔が均等なのに、後者は微妙にずれている。人間くさいのだ。
同じことがハーモニーについても言える。ヴァレンシアは一人の声を重ねているからハーモニーが純粋なのだ。とても綺麗に響く。Queenの「美しさ」を「モデル化」して表現することに成功している。
逆にQueenはフレディ、ロジャー、ブライアンという全く声質の違う3人が数え切れないほどの音を重ねているので、音そのものが濁っているところがある*1。しかし、実はそれが重要なのだ。Queenの「猥雑さ」や「人間くささ」を醸し出す重要な要素になっている。ヴァレンシアというピュアモデルを通じて、Queenのそういう面や実に卓抜たる技術が駆使されていることを改めて感じ取るという、新しい体験ができた。

*1:フレディ一人が重ね録りしているところは別